地球


義男は今日もどこへ行くでもなく、「今日」とか「一日」という概念があるのかもわかりませんが、ウロウロ、ウロウロと地を這いつくばったり穴の中に入ったりしていました。
しかしそれは義男の良い動きでした。
義男をよく知るほかの生き物やいつも空から見守ってる太陽の剛志からすれば
「彼はいまやれることをやっている、コースを切っている」
とそれ相応に高く評価するでしょう。

義男の目の前をタケルが歩いていました。
もっとも義男は目の前の黒い動くものを見て「タケル」だと思うことも、自分と同じ生物だという認識すらなかったでしょう。
もちろん昆虫学者が言うには蟻はお互いを認識し合っているなどと言うかもしれませんが、こと義男に関してはそうではないのです。
バカなのです。

タケルの後をついて歩く義男の後ろを、俊介、彩花、宗佑が次々と列に参加しました。
三匹は義男とタメです。俊介について疑問に感じる方のために言っておくと、俊介は早生まれです。そんな古い友人が三人も揃ったのにもかかわらず義男は決して後ろを振り返ったりすることはありませんでした。
それは真面目に仕事をしてる感じを醸し出して誰かに評価してもらおうといった考えがあってのことではありません。
そういう個性なのです。

義男たちは5時間程ひたすらまっすぐ歩き続けました。
人間の子供「孝之」はおばあさんにもらったお金でお菓子を買いにいくところでした。
孝之の気まぐれに歩くコースは不幸にも義男の列に近づいていました。
孝之の靴の底が上空を覆い、義男の周りが急に暗くなりました。
それでも義男は上空を見上げたりはしませんでした。
学者は「蟻は体の構造上、上を向くことができない」と、こちらの勉強不足にイライラしながら言うかもしれませんが、義男のそれは「天気なんて気にしない」という男気のアピールにすぎないのです。
そういう個性なのです。

孝之の足はすっかり地面についてしまいました。
義男たちの体はとてつもない圧力により潰されてしまいました。
痛みやこの世に対する未練はあったのでしょうか。
走馬灯のように思い出が頭の中を駆け巡ったのでしょうか。
そこは昆虫学者様に是非聞きたいところです。

義男たちの悲惨な事故現場を堂々と踏みながら秀隆や剛志が悠然と歩いていきました。
何が起きても屈しない、悲しんでなんかいられないおれたちは前に進むだけだ。
とでもいわんばかりでした。 
太陽の剛志もいつもとかわらずに辺りをオレンジ色に染め地平線に沈んでいきました。

「代わりならいくらでもいる」

剛志は太陽が沈みきる間際に言いました。

剛志の発言を聞き取れる生き物はいませんでした。